2014年01月01日

No 516   本年も よろしくお願いいたします

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2014年 明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたしますわーい(嬉しい顔)
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2013年12月31日

No 515   生まれ故郷屋久島

ご縁に感謝しながら 今年一年を振り返っております

最近は 生まれ故郷屋久島に帰る機会が多くなりました

プライベートだったり、仕事関連だったり、仲間のお接待・おもてなしだったり、、、

そんな中から お気に入りの写真を 少しだけわーい(嬉しい顔)ひらめき


9月:春日巨匠と 屋久島撮影弾丸ツアー

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10月:屋久島七福神、薩摩修験道 平成開山ツアー 明星岳

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11月:ご縁塾の仲間+画家ブライアンさんと

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ご縁に感謝の 日々です!
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2013年12月30日

No 514   【子どもたちとの約束】

おいちゃんのお気に入りブログ【人の心に灯をともす】からの転載ですひらめき

【子どもたちとの約束】

「JALのスタッフだけが知っている心温まるストーリー」の中から…


羽田発、沖縄行きの機内でポーンと軽快な音がして、シートベルト着用のサインが消えた。

窓側に座った妻・友里は、待ちかねたようにバッグの中から写真を二枚、取り出した。

光穂(みつほ)と真(しん)の写真だ。


「光穂、真ちゃん。

ほら、もう雲の上まで来たよ。

飛行機に乗ってるんだよ。

見える?」


目に涙をいっぱいためた妻が、小さな声で二人に語りかける。

妻はあの日以来、全く笑わなくなってしまった。


1年前の3月11日。

津波は、私と妻の大事なものばかり奪っていった。

家はもちろん、しっかり者の母、穏やかな祖母、そして二人のかわいい子どもたち。

私たち夫婦はあの日から抜け殻のようになってしまった。

たくさんのものがぽっかり抜け落ちた状態に耐え切れず、「みんなのところに行こう」と言い出したのはどちらだったか、覚えていない。

みんなのところへ行く前に、せめて子どもたちとの約束だけは果たそうと、私たちは沖縄行きを決めた…。


私たちは、海沿いの町から車で30分ほど走った商店街の一角でパン屋をしていた。

夫婦二人でもやっていけるほどの小さな店で、焼きたてのメロンパンと、妻が改良に改良を重ねたラスクが人気だった。

私と妻は毎朝、光穂や真が寝ている間に家を出ていた。

母と祖母がいるから、安心して子どもたちを任せられたのだ。


それに、朝は早いけれど、仕込みさえ終われば遅くない時間に帰ることができるから、子どもたちと触れ合う時間もちゃん取ることができる。

ある日、売れ残ったパンを手に玄関のドアを開けると、バタバタと子どもたちが走ってきた。

5歳の娘と3歳の息子がいつものように、「パパ、ママ、あのね…」と口々に話し始める。


私は光穂と一緒にリビングへ行った。

「ね…、パパ。スカイタイムって知ってる?」

「スカイタイム?」私は首を捻った。

「タイムっていうとハーブかな?」

「ちがーう」

「ええ?なんだろうースカイだから…空に関係してる?」

「ちょっとせいかーい」

「あのね、飲み物なんだよ。美味しいジュース!」

「へえ、新しいジュースが出たのか。幼稚園で飲んだの?」

ううん、と光穂は首を振った。

「スーパーとかには売ってないの。飛行機に乗ったら飲めるんだって、リオちゃんが」

リオちゃんというのは、光穂の一番仲のいい友だちだ。

「へえ。じゃあ、リオちゃん、飛行機に乗ったんだ?」

「うん、沖縄に行ったんだって。そのときに、飛行機の中で飲んだスカイタイムっていうジュースが、とっても美味しかったって言ってた。ね、パパ。光穂も飲んでみたい。飛行機、乗ろうよ」

「ジュースを飲むために飛行機ねぇ」

私が苦笑したとき、妻が真を連れて戻って来た。

「あら、何の話?」


「よし、じゃあ、今年の夏休みは沖縄に行くか!」と大声で叫んだ。

毎年、お盆には店を休んで家族で旅行をしている。

「本当?やったぁ」と光穂が飛び上がって喜んだ。

そして、キョトンとしている弟に、「真、飛行機乗れるんだよ!スカイタイム、飲めるよ!」と言ってぎゅっと抱きしめた。


「え、飛行機?乗れるの?やったぁ!ぼくはね、コーラ、コーラがいいの!」

息子は特別な日にしか飲ませてもらえないコーラが大好きだ。


「お客さま、お飲み物はいかがいたしましょうか」

そっと声をかけられ、私は妻の頭ごしに見ていた雲海から機内へ目を戻した。

窓に顔を貼り付けるようにしていた妻がポツリと「スカイタイム」と呟いた。

「スカイタイムと…コーラを」きっと真ならそう頼んだだろうから。


益田という名札をつけたCAさんが、妻のテーブルにスカイタイムを、私のテーブルにコーラの入った紙コップを置いた。

そして、スカイタイムの入った紙コップを更に二つテーブルに置いた。

不思議に思い、顔を上げると、彼女は

「お子さまの分もと思いまして…よろしければ、どうぞ」と微笑んだ。

妻が手にしている二枚の写真が見えていたらしい。

初めて飲むスカイタイムは爽やかな、柑橘系の味だった。


「スカイタイム、美味しかったです」

「ありがとうございます」

感じのいい笑顔に、私はつい、

「娘が、幼稚園の友だちからスカイタイムというジュースがすごく美味しいって聞いてきましてね。飲みたがっていたものですから、じゃあ、夏休みに飲みに行こうねって約束してたんたんです」と言った。

過去形で話している自分に気付いて、私は口をつぐんだ。

そうだ、子どもたちの話はもう、過去形でしか話せないのだ。

永遠に。


「二人とも、去年の震災で」

ぽつんと呟くと、「それはざそかし…」と彼女は言葉を飲み込んだ。

そして、通路にそっとしゃがむと、私と視線を合わせた。

「お子さんのお名前、なんとおっしゃるんですか?」

「幼稚園っておっしゃっていましたけれど、光穂ちゃんが…?」

「ええ、そうです、5歳の年中さんで」

「じゃあ、真ちゃんは」

「3歳でした」


気がつけば、私は益田さんに子どもたちの話をたくさんしていた。

思い出すと辛くて、眠れなくなるほど苦しくなる子どもたちのことを、こうして楽しそうに話す自分が不思議でたまらなかった。

益田さんに釣られたわけではないけれど、現在形で子どもたちのことを話すと、まだ二人が生きているようにも思えてくる。

そう言うと、益田さんは優しく微笑んだ。


「だって、光穂ちゃんも真ちゃんも、お父さんとお母さんの中で生きておられるから」

私はハッと彼女の顔を見つめた。

いまのいままで、そんなふうに考えたことがなかった。

そんなふうに考えられる余裕がなかった。


益田さんは、手にしていた小さな紙袋を私に手渡した。

「これ、光穂ちゃんと真ちゃんに。どうぞ」

中を覗くと、クリアファイルやシールやボールペン、そして、かわいらしくラッピングされたキャンディの袋が二人分、入っていた。

子供用のノベルティらしい。


「光穂ちゃんと真ちゃんのご搭乗記念です」

と益田さんが微笑む。


「光穂。真。飛行機に乗れて、本当によかったね」

妻は二人にそうささやくと、写真をそっと紙袋の中へ入れた。

まるで光穂と真がグッズを嬉しそうに抱きしめているようだった。


一番最後に飛行機を降りた私は、見送りをしてくれている益田さんに両手を差し出した。

優しく握り返してくれた彼女に言う。

「ありがとうございました。子どもたちとの約束を果たすことができました」

「よかったですね」と頷いた益田さんは、労わるような目で私を見つめた。

「次回のご搭乗をお待ちしております」


この旅行が済んだら二人の下へ行こうとしていた私は一瞬、躊躇したけれど、「ええ、是非」と頷いた。

この1年間、生きる気力を失い、自分の殻に閉じこもりがちだった妻が、涙をこぼしながら、それでも笑顔で益田さんとしっかり目を合わせていた。


沖縄は快晴だった。

ホテルにチェックインした私は、「これで光穂と真との約束、果たせたね」と妻に笑いかけた。

「それで…どうする?」

この旅行が終わったら、子どもたちとの約束を果たしたら、後を追うつもりだった。


久しぶりの旅行で疲労の見える妻は、それでも家を発ったときよりもはるかに生気に満ちた顔で、首をゆっくり横に振った。

「やめておきましょう。だって、私たちがいなくなったら、誰があの子たちの話をするの?」

妻は自分の胸に手を当てた。

「ここに生きているあの子たちを、消すわけにはいかないもの」


“スカイタイム”より抜粋引用

『大空では毎日、奇蹟が起きている』オープンブックス



2万人以上の死者と行方不明者を出した東北大震災…

いまだに、海岸沿いには大きな傷あとが残る。


言葉に出せぬほど、悲しいできごとが多くあった。

だが、それらを乗り越え、歯を食いしばって、凛として生きている人たちがいる。


思いやり、温かさ、そして、生きる勇気…

心に深く刻み付けたいひらめき

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2013年12月28日

No  513   【勇気の修養】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人の心に灯をともす】からの転載ですひらめき

【勇気の修養】

渡部昇一氏の心に響く言葉より…


勇気の修養の方法として、新渡戸稲造博士が勧めるのは、ある恐怖心を起こさせるようなことがあったときに、「これはギリギリ限界まで行ったらどうなるか」と考えてみるということである。

そうすると、たいていのことは怖くなくなるのだと博士はいうのである。


たとえば対岸で火事があったときに、それがうちまで来たらどうしようと考えてみる。

あるいは妻が風邪にかかって、それが悪化して死んでしまったらどうなるだろうか。

自分が病気になって再び起き上がれなくなったとしたらどうなるだろうか。

このように先の先まで考えると、あまり怖くなくなるというのである。


哲学者の木田元さんの伝記、「闇屋になりそこねた哲学者」を読んで思ったのは、木田さんの元気の背景には、いざとなったらテキ屋で食える、闇屋で食えるぞという気持ちがあったのではないかということである。

そういうギリギリのところでも生きていけるぞという気持ちがあると、怖いものがなくなってしまうのである。


勇気を養うためのもう一つの心得は、都合の悪いときに、その裏にあるものを考えるということである。

孟子の言葉にあるが、何か困ったことが起こったときには「これは天が自分に大任を降そうとしているのだ」と考えればいいということである。

するとそれが勇気の源となる。

勇気を奮って事にあたれば困難が一気に解消されて、人生が開けることがあるのである。



また、新渡戸博士は偉人の伝記を読むことも勇気を修養する方法の一つであるという。

伝記には人を感化する力があるというのである。

偉大なる人物ではなくても、身近な人の行為と自分を比較することによって勇気が出ることがある。

たとえば、身内に勇気ある体験をした人がいれば、勇気とは何かを考える場合に非常に参考になるものである。

『運命を高めて生きる 新渡戸稲造の名著「修養」に学ぶ』致知出版社

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何か心配事や恐れることがあったとき、それが現実になったとして最悪のことは何か、と考えてみると肚がすわる。

越えられない試練はない、という。

それは、生まれ変わりの理論から言えば、全ての試練は自ら、自分に課したものだからだ。

そう思えば、少し勇気が湧いてくる。


「死ぬこと以外はかすり傷」(山崎拓巳)

たとえ全財産を失ったとしても、生きていさえすればなんとかなるひらめきわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
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No 512   【笑いと遺伝子】

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【笑いと遺伝子】

筑波大名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…

...
笑いの効用を科学的に実証するために、私たちは糖尿病に着目しました。

糖尿病の指標となる血糖値は、ほんの少しの血液で簡単に測定ができますし、明白な結果が出ます。

また、血糖値が変化した場合、「どの遺伝子のスイッチがオンになっているか」を調べることもできるからです。


実験は糖尿病患者に対して昼食後の40分間に、1日目は医学部教授による「糖尿病に関する講義」を聞いてもらい、2日目は落語を楽しんでもらい、終了後に採血をして血糖値を測定するというものです。

講義は当然ながら真剣なもので、笑いはありません。


吉本興業と共同で3回実験をして、3回とも漫才や落語を聞いた人のほうが血糖値の上昇が抑えられたという結果になりました。

もちろん被験者の人数も条件も限られたものですから、まだ十分に科学的な臨床実験とは言えませんが、今後の研究に向けた貴重な第一歩となったことは間違いありません。


これは余談ですが、実験を大阪でやると困った問題が起こるのです。

というのも、大阪のおばちゃんたちは真剣な講義でも笑うんですよ(笑)。

だからデータの信憑性が低くなる。

地域差や個人差というファクターがありますから、これも非常に難しい問題なんですね。


また、私の友人で、イメージ療法をやっている人がいます。

患者に自分の胎児期をイメージさせて、自分が両親に待ち望まれて生まれてきたことを実感させることで、病気を治している人がいるんですよ。

その人と、いま共同実験をやっているのですが、そのイメージ療法をやっていると確かにガンが治る場合があるんです。


つまりそのときに、ガン抑制遺伝子のスイッチがオンになるんですよ。

これはまさにイメージが物質に影響を及ぼすということであり、意識が遺伝子のスイッチのオンとオフにかかわっているという好例だと思います。


いま分かっていないことを否定するのは、非常に非科学的なんです。

分からないことはいっぱいあるし、特に命に関しては、ほとんど分かっていないのですからね。

科学の成果が絶対的な真理ではありません。

私に言わせれば、科学とは限定つきの真理なんです。


遺伝子も物質ですから、意識やイメージが物質である遺伝子のスイッチのオンとオフに影響するのは確実です。

それを実証するためにも、私たちはデータを増やしていく必要がある。

笑いの研究がその先鞭になれば、と思っています。

『心の力』“村上和雄&玄侑宗久”致知出版社

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遺伝子の探求者、村上和雄先生は、感動したり、喜んだりという刺激によって、遺伝子のスイッチがオンになり、それが健康によい影響を与える、という。


アメリカの有名なジャーナリスト、ノーマン・カズンズの「笑いと治癒力」という古典的ベストセラーがある。

ノーマン・カズンズは不治に近い難病を文字どおり「笑い」によって克服した。

この種の話は枚挙にいとまがない。


命に関しては、科学で分かっていることはほとんどないという。

そうであるにも関わらず、目で見えること、科学的なことしか信用しない人がいる。


心の働きは、体に大きな影響を与える。

常によいイメージを持ち、笑いある日々をおくりたい。
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2013年12月27日

No  511   【前に危機、後ろに運】

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【前に危機、後ろに運】

会田雄次氏の心に響く言葉より…


秀吉は織田信長のいいところを受信というか、吸収して伸びたんです。

吸収力というのは、それを好きになるということでしょうね。

だから、人の長所がみれるやつということですね。

短所しかみえない男では困る。


それと、リーダーは本質的な意味で楽観論者でないといけないですね。

また、運が良くなくてはだめでしょうね。

どんな人だって、運は一生のうちに二度や三度は来るわけです。

それをつかまえた人はうまくいく。


チャンスは前には危機と書いてある。

背中だけに、運と書いてある。

ヨーロッパの17世紀頃の言葉で、マキャベリをもじったんだと思います。


チャンスは前髪には危機と書いてあるから、大抵の人がこわがってつかもうとしない。

だから統率者というのはそれをチャンスにみせてやるという能力がいりますね。

つまり、セレモニーでね。

これがチャンスなんだといってやらないと、普通の人はこわがってたじろぐ。


《日本的指導者の系譜と条件 城山三郎&会田雄次・対談》

『歴史を歩く』竹井出版

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物事には、必ず裏表がある。

「長所」の反対は「短所」だし、「運」の反対は「危機」。


戦乱の時代を突き抜けたひとかどの人物は、正気だけでなく狂気も合わせ持っていた。

すなわち、信長の狂気しか見えなければ明智光秀となり、正気しか見なければ秀吉となる。


何かことを起こすとき、危機しか見えなければ、こわくて一歩も動くことはできない。

だが、そこにチャンスを見る人は、何回失敗してもチャレンジする。

悲観論者は危機を、楽観論者はチャンスを探す。


「危機」の背中に書いてある、「運」という字を見ることができる人でありたいひらめきわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
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2013年12月25日

No 510   【笑顔の筋肉運動】

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【笑顔の筋肉運動】

田中真澄氏の心に響く言葉より…


独立以来、私が強く感じているのは、人生とは

「一引(いちひ)き  二運(にうん)  三力(さんちから)」

であるということです。


どんなに腕があっても、まずは「あなたを使ってあげる」と、人様に引っ張り上げてもらえる機会を得なければ、永遠に能力を発揮することはできません。

そういう“引き”の機会をどうつくるか、それが人生の勝負です。


その一番のポイントが、ベドガーが一貫して説いている「積極的に生きる姿勢」「情熱」だと私は考えています。

なぜなら成功者ほど前向きに燃える人間であり、自分と同じように必死に生きる姿に共鳴共感して「おまえ、なかなかいいじゃないか」とチャンスをくれるからです。

とはいえ、ベドガー自身は生まれもって情熱的だったわけではなく、「青年時代の私は無愛想で、ひねくれた性格で、人づきあいは悪く、まことにもって可愛げのない若者だった」と著書に記しています。


人間誰しも「できればのんびりと生きたい」という、ある意味で怠惰な心を持っています。

畑に毎日雑草が生え、少し油断するとあっという間に増えていくように、心も放っておくとすぐに雑草が生え、怠惰な生活へと流れていきます。


毎日積極的に生きる、情熱的に生きるためには、まずは早起きをすること。

朝早く起きること自体、ゆっくり寝ていたいという怠惰な心との闘いです。

しかし、それに打ち克って早起きを続けた人のみが勤勉で積極的な人生を歩み、成功していくのです。


ベドガーは「6時クラブ」といって、毎朝6時までに起きることを周囲の人にも推奨しました。

早起きをして彼が何をしていたかというと、「笑顔の筋肉運動」です。

もともと無愛想で陰鬱な表情だったベドガーは、シャワーを浴びながら楽しい歌を歌ったり、鏡を見ながら愉快で明るい笑顔をつくる訓練をしました。


「陰鬱な気分でいながら、愉快そうに笑うなんて、それこそ容易なことではない。

しかし私は、最初の決心のとおり、毎朝、非常に苦しい努力を続けながらも、自分で自分を訓練した」

ベドガーのこの一文からも、笑顔とは気分ではなく、意思によるものだということが分かるでしょう。


《ベドガーに学ぶセールスの極意・田中真澄》

『仕事力入門』致知出版社

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フランク・ベドガーは怪我で野球選手から生命保険の外交員へ転身し、口下手で人見知りだったダメセールスマンから一念発起をして全米一位の保険セールスマンとなった。


成功し、人から可愛がられるには、上司やまわりの人からの「引き」がなければ上に行くことはない。

スポーツの世界なら、監督の引きがなければベンチにさえ入れてもらえない。


どんな凡人であろうと、年中無休で、朝から晩まで、必死に練習したり、働く姿を見せるなら、ほとんどの人は恐れ入りましたと、「マイッタ」する。

その才能にではなく、その必死さと、情熱に負けるからだ。


「商は 笑なり 勝なり
 
笑顔は最大の集客力」 (田中真澄)


笑顔を身につけるには、早起きして「笑顔の筋肉運動」をすること。

情熱と笑顔があれば、何でもできるひらめきわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
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No  509   【終わりよければすべてよし】

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【終わりよければすべてよし】

酒井穣氏の心に響く言葉より…


「ピーク・エンドの法則」

(終わりよければすべてよし)


ノーベル経済学賞の受賞者である、ダニエル・カーネマン教授が発表した理論で、人間は、過去の経験を「ピーク(最良または最悪)」と「エンド(どのような終わり方をしたか)」によって判断しているというものです。

たとえば1週間の家族旅行をしたとして、家族の旅行全体への印象は「最良の思い出(または最悪の思い出)」と「旅行がどのように終わったか」の二つによって決まってしまうということです。

これは…結構、怖いことですね。


その他の経験の情報は、脳内から消えていたりはしないのですが、経験全体の印象の決定(判断)にはその他の情報は「使われない」というところが重要です。

直感的には「すべての経験の総和」が、その経験の「印象」のように思われますが、これは間違っているということです。


「終わりよければすべてよし」とはよく言ったものですね。

この考え方から、顧客先での商品プレゼンテーションや各種の研修などでは、その始まり方よりも、むしろ終わり方にこそこだわるべきという視点が得られます。

ただしこれは、全体の印象に関する考え方であって、仮に終わり方が優れていたとしても、そもそも中身がともなっていなければどうにもなりません。


とはいえ、こうした印象が、その後のビジネスの進めやすさに影響を与えることを知っていれば、何事もいかに始めるかではなく、いかに終わらせるかが重要であることが見えてきます。

「見せ方」もコミュニケーション能力の一部であるとするならば、「ピーク・エンドの法則」は知っておかねばならない概念でしょう。

『ビジネスでいちばん大事な「心理学の教養」』中公新書ラクレ

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公の立場にある人、これは国の政治家や市の公職というレベルだけでなく、PTAとか町内会などでも同じだが、一番大事なことの一つが出処進退だ。

出ることや進むことが大切なのはいうまでもないが、それにも増して大事なのが退くとき。

辞める時期をあやまったり、潔さがなかったりすると、品が無くて醜い印象しか残らない。


スポーツの試合などでも、終わってからのコメントが強烈に印象に残る。

負けたときのスピーチが、いつも他人やまわりのせいにしているのなら、どんなに能力があり人気のある選手であっても、やがてファンは離れていってしまうだろう。


「終わりよければすべてよし」

最後の最後まで気を抜かず、ベストを尽くしたいひらめきグッド(上向き矢印)
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2013年12月23日

No 508   【価値を見つける】

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【価値を見つける】

藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…


月刊誌『致知』の取材を通して数多くの経営者に接してきたが、一業を成した人には、突出して二つの共通した要素があるのを感じないわけにはいかない。

一つは、「価値を見出す力」である。

自分の置かれた環境、そこに結ばれる縁、たずさわる仕事等々に、多くの人はさしたる感興(かんきょう)も覚えず、それらはたまたまのもの、ありきたりのものと見なしがちである。

だが、一業を成した人はそこに独特の強烈な価値を見出すのだ。


もう一つは、価値を「信じる力」である。

京セラの創業時、セラミック製造の作業は埃(ほこり)まみれ泥まみれ、汚い、きつい、厳しいの典型的な3k職場であった。

若い社員の顔にはうんざりした色が浮かぶ。


深夜作業を終えると、そんな若い社員と膝を突き合わせてラーメンをすすりながら、稲盛氏は熱っぽく語り続けた。

自分たちがやっているのは世界の誰もやっていない仕事なのだ、自分たちは世界の先頭を走っているのだ、と。


仕事に見出した価値。

それを強烈に信じていたのである。

そして、それが京セラのベースをつくったことはいうまでもない。


価値を見出す力。

その価値を信じる力。

これこそ信念の力である。


信じ念じる力が道のないところに道をつくり、人を偉大な高みに押し上げていくのである。

『プロの条件』致知出版社

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中国の四書五経の一つ、「大学」の中にこんな一節がある。


心ここに在(あ)らざれば

視(み)れども見えず

聴(き)けども聞こえず

食(く)らいてその味を知らず


心がふわふわして、うわの空の状態のときは、どんなに素晴らしいモノを見ても目に入らないし、どんなにいい話であっても耳に入らないし、どんなに美味しい料理であってもそれを味わって食べることができない。

つまり、そこに価値を見出すことができない。


同じモノを見ても、ある人はそれに大きく感動し、大きなヒントを得て成功するが、逆になんの感動もなく通り過ぎてしまう人もいる。

むしろ、無感動で見逃す人が大半だ。


世の成功者の大半は、どんな仕事であろうと、そこに他の人と違う、何らかの大きな価値を見出すことができる人。

目の前の仕事の中に、大きな価値を見つけ出せる人でありたいひらめきわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
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2013年12月22日

No 507   【自分の世界を持っている人】

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【自分の世界を持っている人】

川北義則氏の心に響く言葉より…


「人間の衰退の徴候は、魅力の有無である」

こういっているのは、日本ではおなじみの経営学者ピーター・ドラッカーである。


芸能人で「カッコいいな」「面白いな」と人気者だった人間が、急に輝きをなくすことがある。

「いつもと違う。どうしたのだろう?」

そういう人間は、燃え尽きてしまったのである。


お笑い芸人を見ていると、それがよくわかる。

一発芸でのし上がった人間は、すぐに頂点に達し、あっという間に魅力を失って消えていく。

芸の幅が狭いからだ。


ドラッカーは「二つ以上の世界を生きよ」とすすめている。

どういうことか。

たとえば、仕事大好きのサラリーマンがいる。

仕事をやっていれば、あとは何もいらない。

とにかく、いまの仕事が楽しいのだ。

そういう人であっても、まったく異質な世界、そこへ行けば仕事と同じくらい充実した時間を過ごせるもう一つの世界を持つべきだというのである。


別の世界を持っている人は、それが含み資産になって、魅力度が簡単にあせない。

輝きを短期間で失わないですむ。


仕事で初対面の出会いをして、別れ際に何となく、「もうちょっと話していたいな」と思わせる人物がいる。

どんな人間か。

経験から言えば、仕事以外に「別の世界」を持っている人に多い。


マクドナルドの原田泳幸社長は、学生時代からジャズドラムを叩くという別の世界を持っている。

仕事とプライベートをきっちり分けて、両方楽しんでいる。

ドラムは年1、2回ライブコンサートを開くほどだから半端ではない取り組み方である。


よく「本当にやりたいことは別にある」「暇になったら、ぜひやりたい」という人がいるが、意味のないセリフだ。

本当にやりたいのなら、すぐにでもできるはず。

これらのセリフは、いまの仕事に全力投球していないことの言い訳でしかない。

仕事に邁進し、スランプにもならず、つねに魅力的な自分であるためには、最低でも二つの世界を持つことだ。

『「人間的魅力」のつくり方』三笠書房

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「壺中有天(こちゅうてんあり)」という言葉があるが、これは安岡正篤氏が紹介した中国の後漢書の中の物語。


【壺中有天】

役所に勤めている、費長房(ひちょうぼう)は役所の2階から何気なく通りを眺(なが)めていた。

通りには、壺を売っている店があった。

やがて、店じまいの時間となると、売り手の老人が周りを見回し、誰も人がいないのを見計らって、店先に置いてある大きな壺の中に入っていったまましばらく出てこなかった。

不思議に思った費長房は、次の日その店に行き、老人を問い詰めた。

老人は、「見られてしまったか、仕方が無い、ついて来なさい」と言い、壺の中に誘った。

壺の中に入ってみると…

そこは意外や意外、花が咲き、鳥が鳴き、真っ青な天空が広がる別世界だった。



壷(つぼ)の中に、広大無辺の世界がある。

世間の物差しでは計ることのできない、自分だけの独自の世界がある、ということ。


仕事以外に、自分の世界を持っている人は、心豊かでいられる。

追いつめられたり、切羽詰っても、なんとか切り抜けられる心の余裕を持てる。


仕事も全力投球でありながら、「壺中有天」を持つ人でありたいひらめきわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
posted by Hidebouz at 23:58| Comment(0) | ちょっと気になる善い言葉  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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